アメリカで60才以上の2300人弱の国民を対象に、2年間身体活動量測定計をつけて観察した結果が論文になっています。
Sedentary Lifestyle(座りっぱなしのライフスタイル)の害、過剰安静の害は、運動量を増やすだけでは解消できない、というここ数年の「運動療法」のパラダイムシフトを改めて強調する内容で、健康維持のための運動療法(運動習慣)としては、休日のエクササイズだけではなく、就業中や家庭内での座りっぱなしの修正が併せて必要ということです。
ちなみに今回の対象が60才以上だっただけであり、60才までは座りっぱなし生活でも害はないということではないと思います。座りっぱなしのライフスタイルは、年齢を問わず、現代人共通の不健康習慣であり、60歳になったとたんにそのライフスタイルから脱却できるわけではありません。若いうちからの運動習慣が大事です。
また今回の論文の対象には各種慢性疾患の有病者も含まれており、病気持ちだからといって安静が安心安全ということではなく、病気があっても過剰安静は害になります。
そもそも運動不足が健康障害につながるという事実が注目されたのも、ロンドンの2階建てバスで、運転手(座りっぱなし)と車内を歩き回る車掌の間で心筋梗塞のリスクが違うという報告等が一つの発端ですし、その後運動不足病が別名「マネージャー病(管理職病)」と呼ばれていた事もまた然りです。
欧米ではオフィスのデスクが一定時間毎に高くなり、椅子から立ち上がって仕事をせざるを得なくなるような装置もマジメに開発されています(あまり魅力的ではありませんが)。日本でも中高年の8割はロコモティブ症候群と推定されますので、職場の労働衛生の一環として、長時間座業の害にも本腰を入れて取り組む必要がありそうです。
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抄録和訳:
座位中心の生活の健康障害が、活発な身体活動を増やすことで解消できるのか、あるいは安静時間の長さは、運動とは独立した健康障害因子なのかを検討するため、60才以上の2300人弱のアメリカ国民を対象に、2年間身体活動量測定計をつけて観察した結果を解析した。対象者は起きている時間のうち、平均9時間/日を座位で過ごしており、3.6%の人に日常生活上の身体機能の障害があった。中等度以上の身体活動や健康・経済関連因子で補正しても、1日1時間座位時間が長いと障害リスクは46%増加し、活発な身体活動増加だけでなく、座位時間の短縮のプログラムの策定の必要性が示された。
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前の記事でクライミングの動画を掲載しましたが、ついでにクライミングの運動強度について調べてみました。
結論を言えば、クライミングは複雑な全身運動であり、同じ動作の繰り返しであるウオーキングや水泳のように定量的に運動強度をあらわすのは困難です。また全身運動とはいえ、指で体重を支える部分が大きく、前腕の筋にとくに負担が集中し、その点ではバーベルやダンベルを持ち上げるような、特定の筋のレジスタンス運動の要素も加わります。
反復動作の持久系全身運動では、心拍数や概ねその1/10になるように設定されたボルグスケール(RPE: Rating of Perceived Exertion)がよい指標になり、レジスタンス運動では、最大努力で何回繰り返せるかであらわすRM(Repetition Maximum)法が標準的に用いられますが、クライミングは両者が複雑に混じり合うので、単一の指標では強度の評価が難しいわけです。
そのような限界を理解した上で、初心者が易しいルートを登ったときの負荷の程度を、上記ボルグスケールで評価した論文を下記にリンクします。
男性では、心拍数から推定される強度と自覚的強度がほぼ一致していましたが、女性では本人が自覚する以上に、心拍数からみた強度は高かったという結論でした。運動強度そのもの以外に、高さ(墜落の恐怖)など心理的ストレスが心拍数に影響している可能性もありますね。
クライミングは大変面白くまた奥深いゲーム性もあるスポーツですが、重力に逆らって体重を手で支えるため、体力や、技術に応じて運動強度を調節する事が難しいという特徴もあります。ですから健康のための運動という点では、長年全く運動習慣がなかった方の場合は、まずウオーキングやストレッチ体操などで体を動かす事に慣れてからとりくむとより安全に継続でき、スムースに上達できるのではないかと思います。
まだまだマイナーな存在ですが、このごろフリークライミングは人気上昇中のスポーツです。というわけで、CKD啓発動画研究会がクライミングとCKD啓発の接点を探るべく制作した動画がコチラです!
https://www.youtube.com/watch?v=aiDBJw1dZ1o
クライミングをラジヘリ空撮:かもしかハングでbang Bang CKD!
この動画は、栃木県にある古賀志山の岩場の代表的なクライミングルート「かもしかハング」をエキスパートクライマーに登ってもらい、それをラジコン操作のヘリコプターから空中撮影したものです。地上からの撮影ではわからない手足の動かし方や岩の持ち方が映像となっており、このルートを登ったことがある方や登ろうという方には興味深い動画と思います。
で、なんでクライミングでCKD(慢性腎臓病)?ということですが、クライミングと腎臓やCKDに特別な関係があるわけではありません。
しかしCKDをはじめとする生活習慣病への対策としての運動習慣を考えると、マイナーながらクライミングも見逃せない種目と言えます。
ただし興味をいだいてとりあえず始めて見ようと言う場合は、自然の岩場でのクライミングではなく、人工の壁にプラスチックのホールド(手がかり)を設置して登る、いわゆるインドアクライミングをお勧めします。
インドアクライミングは適切な指導者のもとで、傾斜の緩い壁、持ちやすい大きなホールド、そして落下しても負傷しないようなマットを敷き、上に登るのではなく、左右方向の移動(トラバースといいます)で行えば、未経験者や低体力者でも各自の体力と技術に応じて運動強度や難易度が調節しやすく、そして他のスポーツにはない多彩な体の動かし方と手順を組み立てるゲーム性を安全に楽しめる遊びで、高齢者のリハビリに導入している施設もあるほどです。
ただやはりウオーキングや体操などとくらべて、ずっと競技的な性格が強いのとやり方によっては指や片手で体重を支えるといった負荷が生ずるので、上達を焦ったり、人と競って無理をしやすく、怪我につながる種目であることも確かです。やはり、全く運動習慣がない方であれば、まずはウオーキングや体操、なわとび、ジョギング、水泳といった一般的で安全域の広い種目を身につけた上で、更に運動のレパートリーを増やそうという段階での候補とするのが安全でしょう。
近年、健康のための運動の「お約束事」はだんだんゆるくなってきました。かつては連続30分以上運動しないと脂肪燃焼効果がない、運動強度が3メッツ以上でないと効果がない、本来毎日かすくなくとも1日おきの運動が必要、などなどいろいろ言われていましたし、有酸素運動と無酸素運動や筋トレのいずれが良いかについて、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論もありましたが、今では「30分未満の短い運動でも効果がある」、「3メッツ未満の弱い運動でも効果がある」、「有酸素運動でも無酸素運動でも筋トレでもそれぞれにメリットがある」、そして「週1でも運動習慣がある人はない人より死亡リスクが低い(要するに動かないでいる不活発なライフスタイルそのものが不健康)」など、運動療法は強度、頻度、時間、種目いずれについても敷居が低くなり間口も広がっています。
どんな運動メニューが一番良いのかまだ定説がありません。そう言うと、「決定的な運動メニューが発表されるまでは様子見だわな。だってムダ足は踏みたくないもんね」、などとお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、なんでもいいから、その日そのときにやれることをやるのが正解かと思います。
骨折り損のクタビレ儲けという言葉がありますが、現代人の健康のためには、骨が折れてはまさに「損」で、そりゃいけませんが、クタビレるほど体を動かすのは、まさに「儲け」と言えるでしょう。
(そういうわけで、BangBangCKD!の動画に合わせてレッツダンス!!・・・というのも、まさにグッドチョイスかと)
東海林さだおさんの漫画入りエッセイ「平成元年のオードブル」中に、名作とされる作品「すわるおばさん」があります。
おばさんは電車に乗るとちょっとシートに隙間があれば座りたがるという、作者の鋭い?観察内容をユーモラスに描いた内容ですが、これは無論女性に限った事ではなく、加齢現象の一つとして年を取るとちょっとの時間でも立っているのがつらくなるものです。また中高年のみならず、現代人は子供を含め、皆長時間の立位が不得意になってきているのではないかと思います。
しかしすぐ座ってしまう習慣は身体的不活発・過剰安静による健康障害のリスクをはらんでおり、実際欧米では最近下記のような警告が盛んに出されています。
"Sitting is killing you"(座りつづけると寿命が縮む)
"Sitting is Smoking"(座りっぱなしはタバコと同じ)
生活習慣病(CKDも生活習慣病です)の予防や進展阻止の観点からすると安静は安全でも安心でもありません。このあたりの話題に興味ある方は、関連リンク(淑女のみなさん、座ってるだけじゃ早死にしますよ)の記事をご覧になってみて下さい。
いずれにせよ「座りたいけど座らないというがまんや努力」も大事でしょうが、それ以前に「立っていても疲れない筋力や正しい立位、歩行の姿勢」を身につける事が大切ではないかと思います。